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えくぼと鹿と魚の子 多部未華子

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えくぼと鹿と魚の子 多部未華子
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大好きな女優の多部未華子さんについて日々思ったことを書いていきたいと思います。



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「フィッシュストーリー」を観た。

2009/11/06 17:32


すいません。今頃です。


実際に観たのは9月の末、発売日に届いたDVDで観た。
恐らく多部さんファンの中では最遅でしょう、私。
あまりにもこっぱずかしくて、記事に書くのもためらった。
でも書く。

この映画への多部さんの出演を知ったのは、確かまだこのブログを始める少し前の去年の5月だったかな。
多部さんのファンになってまだ間もないときで、次々と過去の作品を遡って観て、観るたびにワクワクドキドキを募らせてた頃。

とりあえず原作を知りたくて古書店に行って本を探した。で、立ち読みした。
そう、立ち読みで済ませられるぐらいの短編だった。

こんな短いのが映画にできるのかな、と思いつつ読んでみた。
確か序盤の方で、不埒な男に襲われてる女性を車で通りかかった男性が助ける場面が出てきて、え、多部さんが乱暴されるシーンがある?と、ドキッとした(いろんな意味で)ことを思い出す。

「フィッシュストーリー」が「ほら話」の意だというのはどこかで読んだ。この小説の中に出てきたのかな?
短いからサラッと読めるしお話も面白い。「ほら話」だけど起点には純粋な思いがあるから決して空虚ではないし、アイロニーもある。

伊坂幸太郎さんは私も世代的に近い方なので「ロックやポピュラーミュージックが世界を変える」的な、60年代にあった(らしい)幻想に対する冷め方や共感の仕方に通じるものがあったりするのかな、と思ったりした。

そして中村監督も斉藤和義さんも世代的には近い。
繊細かつ大胆な映像とはったりとケレンの効いた音。
この短いほら話はこの2人に見事にパワーアップされていた。
この映画、面白いですよ(笑


原作では、多部さん演じる麻美はハイジャック機に乗り合わせてしまう。
それを映画ではシージャックに変更してると知って、大丈夫かな?と、ちょっと思った。
シージャック事件なんて日本では聞いた記憶も無いし、あんまり無理な設定にしたら笑えなくなるのでは、と・・・。でもそれは杞憂だったな。
まさかノアの箱舟とからめてのシージャックとは。やられました。


出演者の方々も、みなさんそれぞれがとても魅力的で。
多部さんに岳ちゃんと呼ばれてたのがうらやましい濱田岳さんとか、やっぱりいいですね。
ご本人は気弱な大学生役が自分の配役だとすぐわかったと言ってたけど、私は伊藤淳史さん演じる逆鱗のリーダーが濱田さんでもいい感じだったのでは?と思った。
この2人は役を入れ替わってもハマってた気がした。でも息子が森山未來さんなので顔で言えば父親は、どっちかといえば濱田さんになるけど。

「ほら話」の起点となる役割として重要だと思われるロックバンド・逆鱗の面々もやっぱり良くて、音楽業界の胡散臭さにウンザリさせられながらも純粋さも失わないメンバー達のやり取りはとても自然に感情移入できる。
特にボーカルの高良健吾さんは良い。多分クサくなるだろうと思って身構えてた部分の、レコーディング中の間奏で突然喋り出すシーンでは結構ジーンとさせられたりした。歌声もよかったし。

この彼の持つ天然的な純粋さのある起点と、結末に配置された麻美の持つ天然ぶりはしっかりと呼応してる。
「きっと、つながる」に、ちゃんとなってると思った。


と、一応もっともらしい映画の感想を書いといて、あとは多部さんですが。
これはもうただ見るだけ。

麻美は登場から2分足らずの間に、友達とはしゃいで走り回って写メ撮って、海風に吹かれてベンチで口あけて寝て、フェリーから降りられずに乗務員に泣いてすがって相手にされず、浮き輪抱えて海に飛び込もうとした。

この瞬間だけで麻美という子の輪郭をほぼ100パーセント描き出す。
中村監督×多部未華子のイリュージョンです。
多部さんの演技史上、凝縮度では最短で最高の2分間ですよ。
何度リピートして見たことか。
これを今まで見なかったなんて。私はアホです。

そして宇宙服を着せられた多部さんの表情、最高です。大笑いしました。
「役作りに関しては、自分より多部の捉え方の方が大概正しい」とおっしゃってた中村監督だけど、宇宙服の多部さん面白さは監督の狙いにバッチリだったんじゃないでしょうか。



しかしこんなこと、数ヶ月前に各ファンブログで散々盛り上がった話題なんだろうな・・・。くやしいから読んでないんですが。

ま、このズレ方がここのブログの味だということで・・・タイトルで笑ってください。






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21回の嘘(10) 完結

2009/10/23 16:46


7月に、木村監督から映画の出演依頼があった。

私はなんとなく分っていた。いや、それを待っていた気持ちがあった。
少し前に中野さんから、また新しい脚本を書いたという連絡をもらっていたから。
中野さんは私に演じてほしいと言ってくれていた。

それが私の演じる20人目の役になる。



19歳になってからの半年は過ぎるのが早かった。
春に映画の主演を一本やって、6月にもう一本の撮影が始まったところだ。

私の体は、やはり役に入っていたほうが楽だった。
撮影中に役の女の子として動く方が自分を自由に解放できる。
気持ちは満たされる。楽しささえある。

普段は体が重い。
気持ちも硬くなる。そうなってはいけないと思えば思うほど。
そして周りの人に対して気を使い、小田亜希子を演じていた。

唯一中野さんに対してだけは違っていた。
あまり気を使わずに済む。
無理をして、明るい若手女優の芸能人を演じる必要が無い。
それほど中野さんには私自身のことを話してしまった。

そして知られてしまった。
私がただの空っぽの19歳だということを。




中野さんはずっと話し相手になってくれていた。

去年、初めてあの古い喫茶店に呼ばれてから後も、何度かその店で会った。
他愛も無い話しをするときもあったし、私が中野さんの若い頃の話をぼーっと聞いてるだけのこともあった。

私の今の心の状態についても、いろいろと気遣って考えてくれた。
中野さんは、あの老作家さんの娘さんについて書かれた記事が、やはり気になっている様だった。


「僕は最初、小田さんが先生のお嬢さんの生まれ変わり、ということを、やっぱり考えました」

バカなことを言う男だと思って聞いてほしい、と断りを入れたあと、中野さんは話し出した。目はバカなことだと言ってなかったけど。

「でも、これは随筆にも書かれていたことなんですが、先生のお嬢さんが亡くなったのは1995年なんですね。小田さんはもう生まれている。えっと、6歳ですか」

そっか。私が6歳のときに事故で亡くなったんだ。確か15歳だったな。・・・9歳しか違わないんだ。

「だから生まれ変わりと考えるのはおかしい」

悲しかっただろうな。まだいろんなやりたいことを思い描いたまま、突然死んじゃうなんて。

「それに、先生のお嬢さんによく見られたという仕種、下唇を噛むようなクセですね。僕が見る限りでは普段の小田さんには全く無い。他の役にも無い」

それは前にも言ってたよね。
役によって私の細かな仕種が変わるということは。
私は言われるまで全然分らなかった。

「まあ、小田さんが当時6歳でも、亡くなった人の魂が、何らかの理由で生きている人に憑依する、みたいな話も考えられなくはないです。
・・・あ、すいません。不愉快ですか?こんな話し」

「あ、いいえ。全然」

私が一度10歳の頃に死んで、生き返らせてもらったことを言ったら、どんな顔するだろう。今の説に確信を持つかな?
中野さんは、とても自由な考え方ができる人だ。

「すいません。こんな推測ばっかりの非日常的な話をしても仕方ないですね。
もう止めます。先生のお嬢さんに対しても失礼だ」

そして、相変わらず優しい。




あるとき、またそのお店で中野さんと待ち合わせをして会いに行くと、穏やかな顔で中野さんの向かいの席に座っている老紳士がいた。
私はその人を見て、一目で例の作家の先生だと分った。

先生は、中野さんが私と今でもよく会うということを知ると、ぜひ一度会わせてもらえないかと申し出られたそうだった。

私と顔を合わせた先生は、嬉しそうに目を細め、二三度頷いた。
そして、ありがとう、いい映画を見せてもらった、と言った。

先生は私の出演映画を全て観ていてくれて、どうしても私に言いたいことがあって会いに来られたという。
私は、田舎のおじいちゃんに久しぶりに会う様な気持ちで、先生に向き合った。
懐かしい思いは、微かにだけど、確かにあった。


「小田さん。あなたの才能はときにあなたを苦しめるかもしれない」

穏やかな目でそう言われ、私は少しドキッとして、先生を見つめる。

「でも、私はあなたの才能を祝福します。あなたに出会えてよかった。
・・・これは1人の老いぼれた物書きの端くれとして言うのです。
人に何かを伝える生業の者として」

私は恐縮した。
私は自分に女優の才能があると思ったことが無いんです。
私がそう言うと、先生はまた頷いてこう言った。

「あなたはあなたの思うがままに生きなさい」






木村監督の映画は10月から撮影が始まった。

木村監督のことは、映画に関しては私は先生みたいに思ってるし、木村監督の映画には必ず呼ばれるいつものスタッフの人たちにも仲良くさせてもらった方が多い。

やはりみんなは気が付いた。
私が以前とは、少し雰囲気が違うことに。

私は、みんなには無理をして以前の小田亜希子を演じたくはなかった。
だから少しよそよそしかったり、素っ気無い態度に見えたかもしれない。
でも木村監督もスタッフのみんなも、以前と全く同じように接してくれた。
私は、せめて撮影中は出来る限りのことをしてみんなの気持ちに応えるつもりだった。


今回の中野さんの脚本には原作があった。少し古い小説で、私の生まれる前に書かれたものだという。
それを、時代を現代に移し変えて脚本化されていた。

あまり有名な作品ではなく、作者も私の知らない名前だった。

女性である作者の十代を回想する物語で、作者が高校生の頃に出会った一人の少女のことを綴っていた。それがこの映画の私の役だ。


撮影中、私はまたいつもの感覚に身を委ねる。
この少女の台詞に反応して喋りだすのは私ではない。私の体だ。
気持ちはあとから、その台詞を理解する。

私は身体が動いたあとで、そうしたかったことに気付く。
ただ決められた台詞を喋り、指示された動作をするだけなのに、まるで遥かな昔から、そうすることが決められていたかの様に思う。

私は、私の中でひとりの少女に出会う。

彼女は、真っ直ぐな目で未来を見て、私に問いかける。
なぜ、自分を好きじゃないのか、と。

彼女は家が貧しかった。
父親は働かずほとんど家にいない。母親が夜の仕事に出ていた。
夜遅くに酔っ払って帰ってくるような仕事だった。ときには見知らぬ男を連れて。

彼女は学校ではそんな暮らしのことを感じさせもせず。
いつも無邪気で明るかった。

その家庭の状況を同級生に知られて、無視されるようになって、嫌がらせを受けるようになっても、変わらず明るく前向きだった。

ある日、自分と同じようにイジメを受けた過去のある少女と出会う。
この作品の作者だ。

2人は意気投合して、学校も家も捨てて街をさまよう。
これまでの日常とはかけ離れた生活を体験する。
そして一足飛びに手に入れられる未来を夢見て、現在から飛び出した。
2人でマンションの屋上から飛び降りることによって。

物語のその後には、2人が奇跡的に駐輪場の屋根に落ちることによって致命的な怪我をせずに済み、その後再び再会する場面が描かれていた。
そしてもっと未来に、思いを馳せる2人のシーンで物語を終える。


私は、最後の場面を演じ終わった瞬間、全てを理解した。

現実には、私の演じるこの少女は、生きていない。

これは、奇跡的に助かったもう一人の少女によって書かれた物語なのだ。

最後のシーンで、監督からOKが出る直前に、ありがとう、と私は呟いていた。
台本には無い。そばにいる共演者の女の子に言ったのでもない。
マイクも拾えないような、私にしか聞こえない声だった。

それから、私は私自身に戻っていく。

いいえ、こちらこそ。束の間、私は自由で、満ち足りていました。

本当に、ありがとう。そして・・・さよなら。








とりあえず木村監督の映画が終わったあとは仕事を入れないでくださいと、私は事務所に申し出ていた。
私は無期限の活動休止をお願いした。


年末年始は家でボーっとして過ごした。
元日は中野さんに誘われて初詣に行った。
家まで送ってくれた中野さんに、おせち料理を食べさせたくて無理やり家に上がってもらった。中野さんは1人暮らしなのだ。

日頃お世話になってるお礼だと思って気軽な気持ちで誘ったのに、両親はとてもかしこまってて、特にお父さんは緊張してた。中野さんも固まってた。



そして1月の誕生日の夜がきた。
私は少し長めにお風呂に入り、髪をとかしてベッドに入った。

あの姿を強くイメージして、眠りに付く。

あの声が聞こえてくる。


「久しぶりやな。お嬢ちゃん」

優しげに垂れた目、短い髪は白髪交じり、しわがれた声、そしてもちろん小さな体。

「・・・やっぱり変わらないね。めだかさんは」

「誕生日おめでとう」

「二十歳だよ」

「・・・二十歳やな」






私はめだかさんに、全ての疑問を説明してほしいと頼んだ。
なぜ、私に10年の命を与え、あんな約束をしたのか。

「そやけど、お嬢ちゃんはもう多くのことを分っとるみたいやな」

「・・・ううん。私がわかったのは、ほんの少しのことだけ」

めだかさんは以前より優しくなったような気がした。
なんか、私に対して少し照れてるみたいだった。


「なあ、お嬢ちゃん。わしの仕事って何やと思う」

「めだかさんの仕事?天使の仕事ってこと?
・・・死んだ人を迎えに来る・・・みたいなイメージだけど・・・」

「うん。そうやな。実際お嬢ちゃんが死んだときも迎えに来たしな。
・・・そうやけど、それだけやない」

「他の役目もあるの?」

「そや。そっちの役目の方が重要や」


めだかさんは私に尋ねる。
人はなぜ、物語を書き、物語を読むのかと。
詩を書き、曲を作り、絵を描き、劇をやり、映画を作り、なぜそれが多くの人に伝わることを願うのかを。

私は困ってしまう。なぜって、急に聞かれても・・・。
面白いお話を読めば楽しいし、いい映画を観れば感動する・・・。
そういうものはたくさん欲しいし、多くの人がそう思えば、それを仕事にしてお金を稼ぐ人も出てくる。

めだかさんは頷く。そういう人間の気持ちはとても自然なことだと言う。
そしてめだかさんたち天使の役目は、そういう人間の心の中に物語の種を撒くことだと言う。

「物語の種?種って・・・めだかさんが作るの?」

「いいや。ほら、わしのもう一つの仕事や」

「あっ」

めだかさんは言う。
たくさんの夢や希望を抱えて未来へと進む十代の少女の時間が、突然止められてしまったら、その思いはどこへ行くと思う?

もちろん少女だけじゃなく、少年もいるし子供もいる。おじさんやおばさんもいる。

「まあほとんどの人達は、わしら天使にその思いを預けてくれる。物語の種になって、語り手の人の心に降りて行ってくれる。
・・・そして、いろんな表現になって、大勢の人の目や耳に入って昇華されて、向こうの世界へ旅立ってくれるんや」

めだかさんたち天使の役目は、亡くなった人の思いをなだめ、導き、その人にふさわしい語り手の心の中に降ろしてやることだという。

しかし稀に、その思いがあまりにも強かったり、大きかったりすると、語り手が見つからないことがある。
凡庸な語り手では、とても受け止められない思いが、ときにあるという。


「わしはダメな天使やで。・・・お嬢ちゃんの言った通りや」

「・・・めだかさん」

「わしの担当だけで、もう男女合わせて40人以上いた。その思いを昇華させてやれずに、まだこの世界に留まったままの人が」

「・・・」

「昔はこんなことは無かった。100年より前ぐらいまでは、このわしでも、どんな激しい思いでもなだめてやることができたんや・・・」

「今は・・・人の心も複雑になってきたってこと?」

「せやな。そうかもしれん。・・・まあ愚痴言うたってしゃあないけどな。
わしよりもっとつらいのは、この世をさまよい続けるその人たちの方やし」


もう何百年も、何千年も、めだかさんはそうしてきたんだ。
行き場を無くした人の思いを、ずっと繋いできたんだ・・・。
私と出会うまでも。そしてこれからも。


「わしは10年前、空の上から初めてお嬢ちゃんを見たとき、懐かしかった」

「懐かしかった?どうして?」

「いや、昔はたまにおったんや。お嬢ちゃんみたいな女の子が」

「昔っていつのこと?私みたいって?」

「千年以上前にはな・・・日本にはたまにおったよ。
いや、今やっていっぱいいてるんやけどな。しかしそれは、単なる形式が残っとるだけやさかいな」

「・・・よくわかんない」

「せやから、お嬢ちゃんなら、と思ったんや。
わしの担当の中の、強い思いを残した十代の女の子20人を、お嬢ちゃんなら受け止められると思ったんやな」

「・・・」

「つらいこと、させたな」

「・・・」

「・・・やっぱりわしは、女の子の思いを扱う資格無いな・・・」

「・・・もう、いいよ。あのことなら・・・」

「・・・すまんかった。合わせる顔が無かった」

「・・・」


私が演じた20人の女の子達は、めだかさんによって優れた書き手の心の内に、そして私の演じる役へと導かれた。
みんな思いを昇華させて、この世界から旅立っていったという。

20人全員できるとは、めだかさんも確信は無かったみたいだ。

「やっぱりお嬢ちゃんの能力は、見込みどおりやった。本当に感謝しとる」

「ううん。いいの。・・・私もみんなには、感謝してる・・・」

「ありがとう、お嬢ちゃん」

めだかさんはいつも以上に目を細め、嬉しそうに私を見る。

私は、時間が過ぎるのが怖くなる。朝まであとどれくらいだろう。


「・・・ねえ、めだかさん」

「ん?なんや」

「・・・これで・・・もう終わりなのかな」

「どういうことや?」

「私、これからどうすればいい?
女優を続けたほうがいいのかな?やめてもいいのかな」

「それはもう自由や。お嬢ちゃんが手に入れた未来や。
お嬢ちゃんの思うがままに生きたらええ」

私の思うまま・・・以前あの先生にも言われたことだ。

「私はもう女優はできないのかな?私は何ができるのかな?
どうしたらいいか・・・わからないの」

「お嬢ちゃん・・・」

「ねえ、言って。めだかさん。女優を続けた方がいいなら、そう言って。
・・・めだかさんがそう言うなら、私は・・・続けるから・・・」

「・・・」

「じゃないと、私には、わからない・・・」


気が付くと、めだかさんの姿は少しおぼろげになってきていた。
私は驚いてめだかさんの手を掴もうとする。掴めない。分りきってたことだ。

めだかさんの笑顔は変わらない。声も変わらない。
でも、少しずつ、薄くなってゆく。

「めだかさん!待って!まだ行かないで!」

私は立ち上がり、めだかさんに顔を近づけて叫ぶ。
今では私の方がずいぶん背が高い。

「何も心配せんでええよ・・・お嬢ちゃんは知っとる。
・・・せやからわしは10年前、お嬢ちゃんを選んだ」

「10年前?私、何を知ってた?ねえ!」

もう姿はぼんやりとしか見えない。
もっともっと、話したいことはいっぱいあった。

「・・・春になったら、あのクローバーの土手にまたおいで。ふたりで・・・」

「めだかさん!」

「わしからの、ささやかな感謝の気持ちを、送るさかい・・・」

「待って!また会える?」

「・・・次は60年後に・・・また迎えに、来・・・」



朝の光で目を覚ました。
枕が涙でグショグショだった。

60年後?しわくちゃのおばあさんじゃない。

私は小さく、バカ天使、と呟いた。










4月になったある日、中野さんから電話をもらった。

不思議なものを書いたから、私に読んでほしいというのだ。

詳しく聞いてみると、中野さんの夢の中に関西弁の小柄な男が現れて、小さな女の子の話しをしたそうだ。
何を話したかも、顔も誰だったかも覚えていないけど、朝、目が覚めたらいくつかの台詞が頭に浮かんできた。それを書き止めたものだという。

私はすぐにわかった。
中野さんにお願いして、車で迎えに来てもらい、あの場所へ行ってほしいと言った。
彼は何も言わずに、私のわがままを聞いてくれた。

のどかな、ポカポカとした陽気の穏やかな日だった。
遠くの対岸の土手には桜の花も見える。
私たちのほかには人はいなかった。

10年ぶりだった。あの日から来ていない。

風景はあまり変わっていない。川の流れが穏やかなこと以外は。

私は中野さんに、クローバーの生い茂る土手に腰を下ろしてもらった。
そして台詞の書かれた紙を受け取った。

私は彼の前に座る。


深呼吸を一つする。体温が少し上がる。

声に出して読んだ。


「ねえ、亜希ちゃん。クローバーって日本語ではシロツメクサって言うんだよ、知ってた」

「亜希ちゃんはどうしていつも由美ちゃんとケンカになるの?そりゃ、あの子たまに嘘つくけど・・・」

「今日の祐樹くん、カッコよかったね。六つも三振取っちゃって。亜希ちゃんの方に手を振ってたよ気付いた?」

中野さんは何も言わず、座って見てくれている。
私は書かれている台詞を、ただ読み続ける。

「先生に怒られたこと、気にすることないよ。亜希ちゃんは悪くないと思う。
・・・ごめんね、みんなの前では言えなくて」

「明日、亜希ちゃん飼育係の当番だから、私、朝早くに誘ってあげるよ。でも、寝てちゃダメだからね」

書かれている台詞が全部終わっても、私は喋り続けている。
次から次へと思い出す。
私は、私の中で再会する。
ちょっとおせっかいで、おしゃべり好きな女の子に。

「亜希ちゃんはもうちょっと女の子らしくなると、絶対にもてると思うよ」

「亜希ちゃんって、将来は絶対美人になると思うな。だってお母さんが綺麗だもん」

私はあきれて、うるさいよ、って突っ込んで、そして笑って。
好きな歌を口ずさんで、好きなお笑い芸人を言い合って、真似して。
真っ暗になるまで遊んで、二人でお母さんにメチャクチャ怒られて。
でも次の日には笑って、また行こうねってささやいて。

「亜希ちゃんは将来何になる?お笑い芸人?やっぱり、言うと思った」

「またー、いいじゃない、ドラマ見て泣いたって。そんなシラけること言わないで」

「ねえ、もし私が嘘ついたら、・・・亜希ちゃんは私も嫌いになる?」

私は再会する。私の中で。
その子の隣にいた、その頃の私に。

「また来ようね、2人で、四葉を探しに。春になったらさ」

今なら言える。
演じることは、決して嘘じゃない。


「ねえ、亜希ちゃん。・・・思い出した?」



うん。思い出したよ。麻衣ちゃん。






















中野さんが上着を掛けてくれて、私は目を覚ます。
彼のひざを枕にして眠ってしまっていたことに気が付く。

彼は四葉を見つけたと言って、嬉しそうに私に見せる。



「ねえ、中野さん」

「なんですか?」


私は起き上がり、中野さんの目を見つめる。


「私に女優でいてもらいたい?」

「ええ、もちろん」


今では中野さんは目を逸らさない。いつからだったっけな?


「じゃあ中野さんは、ずっと私のそばにいてくれる?」

「それももちろん。僕でよければ」


ま、いっか。今度飲みに連れて行ってもらって、2人で思い出そう。


「もし、私が女優をできなくなっても?」

「え、どういうことですか?」

「だって、私はね・・・」


私は、彼の耳に頬を寄せ、そっとささやく。







おわり




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21回の嘘(9)

2009/10/16 17:19



「あれ、亜希ちゃん。どうしたの?どうして泣いてるの」

「え?・・・」

「また誰かとケンカしちゃった?」

「麻衣・・・ちゃん?・・・」


あれ、これは夢?
麻衣ちゃんがいる。私は・・・ここは、どこにいるんだろう。

私は今の私だ。18歳だ。
麻衣ちゃんは小学生だ。10歳の、あの9月の日の姿のままだ。


「亜希ちゃんすごいね」

「え?」

「亜希ちゃん、有名な女優さんになったね」

「・・・麻衣ちゃん・・・そんなこと言わないで・・・」

「どうして?」

「・・・だって」

「私は嬉しいよ。いつもいっしょに遊んでた亜希ちゃんが、たくさんの人が知ってる女優さんになって。みんなに人気があって」

「ううん。ダメだよ・・・。
たくさんの人が知ってたって。たくさんの人に好かれたって・・・ダメだよ」

「どうして?」

「そんな好きは、嘘だもの」

「そうかな?」

「そうだよ、だって、私が、嘘をついてるんだよ。お仕事で、いつも」

「あはは・・・やっぱり亜希ちゃん変わってないね」

「麻衣ちゃん・・・」

「だいじょうぶ」

「え、なにが?」

「だいじょうぶだよ、亜希ちゃん」

「麻衣ちゃん」



そこで私は目が覚めた。
夢は、少しおぼろげで断片的で、めだかさんのときの様なハッキリとした姿の会話ではなかった。
多分、本当の夢だ。



私は仕事を続けていた。大学にも行っている。


めだかさんに、もう終わりにする、と言ったものの、実際に私の日常生活がプツッって消えてしまうわけでもなく、私の存在が無くなるわけでもなかった。

私の日常は何も変わらなかった。
朝になれば目は覚める。

そして自分が空っぽになってしまった様な感覚で、私は大学に行き、仕事に行った。
大学の、やっと親密になりかけた何人かの友人達は私の様子を気遣った。
会話を交わしてもうわの空なことが多いと言われた。

仕事場に行ってもそうだった。写真撮影でスタジオへ行き、打ち合わせして段取りを決めても、言われた通りに動けない。
カメラマンさんに言われて笑顔を作ったときなんか、シャッターを押す手が止まって「どこか具合悪いんじゃないですか?」って聞かれてしまった。

家でも同じ様な状態だった。ごはんだと言われればごはんを食べる。とりあえず口に入れて飲み下す。テレビが映っていればテレビを見る。好きなお笑い芸人がボケれば笑う。家族の会話にもたまに笑ってみる。お風呂は?と言われればお風呂に入る。

でも、私はなんで笑ってるのか。

何が面白いのか。わからない。


一度雑誌の取材の途中で、私は突然泣き出してしまった。
編集者の人に、高校時代の思い出について聞かれたときだった。
相手の人はびっくりしてたけど、私も驚いた。

学校ではクラスメイトとケンカもしたけど、親しい友達もできたし、休み時間のお喋りや行事なども楽しかった。
仕事だって、撮影現場のみんなにはいろんなことを教えてもらったし、バカな話しで盛り上がったり、楽しいことはたくさんあった。

そのはずなのに、思い出せないのだ。

楽しんでいたはずの自分を、今の私は受け入れられない。

私はどこにいたのか。

なぜ、私は今ここにいるのか。わからない。




マネージャーさんが私に、しばらくの間休養したらどうかと提案してきた。
大学生活に慣れないうちからドラマの仕事で無理をして、その上片山さんとの恋愛報道でマスコミから騒がれて、精神的な負担が大きかった、だから疲れが溜まってたんだろう、と言われた。

私はそれを承諾した。別に断る理由も無かった。

ただし翌週から始まるドラマの撮影が終わってから、ということになった。
そのドラマはインターネット配信のみというちょっと特殊なドラマで、30分の一話完結だった。だから撮影は3日間で終わる予定になっていた。

私にとってその撮影は憂鬱なものだった。
ただでさえ撮影の本番は、私にとって不安と緊張の時間だった。
今の状態でその時間を強いられて、私は持つのだろうか。わからない。

でも、そのうちにどうでもよくなった。
本番で何も出来なくなって、動けなくなって、また泣き出してしまっても、それでいい。それで終わりになる。
私の方から休養とか引退とか言い出さなくても、向こうの方から愛想を尽かされる。
小田亜希子はカメラの前で人形の様に立ち尽くして、何も出来ない女優だと。


撮影の前日、私はただ台本を読み、記憶した。
役作りとか、お話への感情移入とか、全く無かった。できなかった。
記号の様に言葉を頭に入れた。そして撮影現場へ行った。

体温が少し高い。いつものことだった。もう慣れてしまったことだ。

私は内向的な高校生の役だった。制服を着て、監督さんの言うとおりに動きを覚え、カメラの前に立つ。

私は一つ深呼吸をし、スタートの声を待った。

最初の一言を喋りだした瞬間から、少し体が軽くなったような気がした。
それと同時に、なにか感覚を失ってた足先や指先に、血液がめぐってくるような微かな痺れがあった。
身体の動きの方が、気持ちより先だった。

演技をしているという意識は、今までもなかったし、今も無い。
ただ頭に入っているセリフを話し、動く。それだけだ。

でも、すごく楽だった。
自分自身に安心できた。
撮影中にそんなことを感じたのは初めてだった。
今までとは逆だ。今まではどちらかというと本番は不安でしかなかった。
今回は違う。
最近ずっと、私の頭の中をグルグルと回っていた意味の無い疑問や問い掛けが消えてしまった。
私は自分で自分を少し手放した。


本番が終わると、頭がボンヤリとして、私は少し立ち竦んだ。
長い夢から覚めた様な、虚脱感があった。
しばらくすると、自分自身が背後から重なってくる感覚に気付く。
体が重くなる。自分がこんなに重かったことに気付く。
それを意識して、そんな自分が人目に触れるのが嫌になった。


撮影は予定通り3日で終わった。
これでしばらく仕事から離れることになる。
でも私は、この重たい体を引きずって大学へ行ったり、家で家族と過ごす毎日を考えて物凄く怖くなった。

大学へ行けば、当然友人達と顔を合わせ会話を交わす。
その中には、当たり前の様に誰それの彼氏の話や将来の就職の話しも出てくる。
私はその場にいるの自分の顔を想像できない。
家族にだってそんなことを聞かれたらと思うと、自分の反応が想像できない。

今の私に未来の話はできない。

過去の話もできない。



私はマネージャーさんに休養の撤回をお願いした。

仕事を休みにしないでください。
ごめんなさい。
今休んでしまうと、私は、本当に消えてしまうんです。







夏になった。私はなるべく家にいないように、外に出た。
仕事は映画とドラマを同時進行でやった。
私は少し仕事に支えられていた。
いや、支えられているというより依存してると言った方が近いかもしれない。
あの30分のドラマの撮影で体験した感覚を手放すことを恐れていた。
大学は休学していた。

お父さんは仕事か大学かどちらかに専念しなさいと言ったけど、私が仕事を選ぶとは思わなかったみたいで少し困惑していた。
夏休みには、私が大好きだった父の田舎へ家族で遊びに行こうと思っていたらしい。海や川で泳ぎ、小さい頃遊んだように過ごせば、昔のような私に戻ると思っていたのかもしれない。

家族にはやはり隠せないみたいだ。
私は変わった。自分でも自覚はある。

私は嘘つきになった。
撮影スタジオやテレビ局で、以前から顔見知りのメイクさんやスタッフの人に会うと、無理をしてはしゃぐ様になった。
無理をしてると自分では分っているけど、他の対応の仕方が分らなかった。
相手の反応に合わせることに必死だった。
自分がかつてしていたはずの反応が思い出せないのだから。

でも逆に、それはこういう場所では日常的な光景で、私はそこに染まってしまったとも言える。
苦手なタイプの、局のプロデューサーさんのつまらない冗談にも笑えたりする。
私はとうとう芸能人になったのかもしれないと思った。



ある日、中野瞬さんからメールをもらった。
私がFテレビで出演しているドラマを見ていてくれて、自分もFテレビに行く用事があるから、その日に撮影時間の都合が付けば会いたいとのことだった。

私は少し戸惑った。
私も中野さんには会いたい。
でも私は中野さんの私を見る目を知っている。
誰よりも、恐らく私よりも私の様子の変化に気付く目を、中野さんは持っている。
現に今回もらったメールの内容は、先日出演したテレビの対談番組での私の様子に少し触れて、最近何か変わったことは無かったかと気遣う内容だった。

私は、別に何もないですよ、変ですか?と返信した。
でも、会えば、多分中野さんにはごまかせない気がした。

私は数時間迷ったあとに、お会いしたいです、と、もう一度返信した。



中野さんはその日、テレビ局での用事を終えたあと、私の撮影のが終わるのを待っていてくれた。
私は、待ち合わせのティールームへ向かい、新年会以来4ヶ月ぶりぐらいになる中野さんにお会いした。

「お久しぶりです」

「こんにちは。ご無沙汰してます。中野さん」

中野さんは相変わらず芸能関係者には見えない。かといって一般の人の雰囲気でもない。なんだろう、この人は。やっぱり作家さんなのか。
中野さんは以前より落ち着いた雰囲気で私を迎えてくれた。

「今放送してるドラマ、いいです。面白い」

「ホントですか。中野さんに言ってもらえるとうれしいですね」

お互いが、今取り組んでる仕事の状況なんかを簡単に話した。
もっとも、中野さんは私の仕事のことはほとんど把握してたけど。
大学のことは聞かれなかった。でも、多分休学したことを知っていても、中野さんの方からは言わないだろうとも思った。

近況報告が終わって、ふと黙ってしまった私に、中野さんが聞く。

「ねえ、小田さん。今日はいつもと逆じゃないですか?」

「どういうことですか」

「僕はさっきからあなたを見てるのに、あなたは目を合わせてくれない」

「え、そうですか?
いえ・・・特に意識してそうしてるわけじゃないですよ」

「ふーん」

「・・・なんですか」

「じゃあ意識してください。せーので目を合わせましょう」

何を言い出すんだろうこの人は。

「ちょ、中野さん。そんな、急にそんなこと・・・」

「せーの!」

私は困って目を伏せてしまい、中野さんに向き合えない。
でも中野さんは私を見ている。
何も言わない。

「・・・中野さん、なんで、こんなことするんですか?」

「・・・」

「仕返しですか?私が以前中野さんを面白がって見つめたことの」

「・・・仕返しに、なってますか?」

「え?」

「つらいですか。見つめられて」


私は何も言えなかった。
やはりこの人は気付いているんだ。

一瞬だけ向き合った中野さんの目は、面白がってはいなかった。悲しそうだった。





あの夜、もう終わりにする、とめだかさんに言った夜から半年が過ぎた。
あれからめだかさんは一度も夢に現れない。

私は、めだかさんなんか会いたくない、と言った。
そのときはもう、このまま目が覚めずに死んでしまってもいいという気持ちだった。
最後に見ためだかさんの顔を覚えている。
あんな悲しい目をするめだかさんを見たのは初めてだった。

私はどうなるんだろう。
めだかさんとの約束はまだ継続されているんだろうか。

自分で数えてみると、演じた役の数は15になった。約束はあと五つ。
二十歳まではあと1年と数ヶ月。微妙なところだ。




私は中野さんと頻繁に電話やメールのやり取りをするようになった。
中野さんに可能な限り、私がこの仕事を始めてからの出来事や心の変化を聞いてもらおうと思った。

ただ、めだかさんのことやめだかさんとの約束のことは話せない。
私が10年前に一度死んでいることも。

でもそれ以外のことは全て話そうと思った。
以前の私が役を演じるときの不安や戸惑い。芸能界への違和感。
支えになっていた須藤君のこと、須藤君に言われたこと、そして彼と向き合えなかったこと、そのことに気付くことができなかったことへの後悔。
そしてそのあとから、今現在まで続く私の心の変化。

戸惑い、ためらいながら、少しずつ話していった。
中野さんは何も言わず、ただ聞いてくれた。
仕事が忙しいときもあったはずなのに、夜遅くの電話でもいつもと変わらない優しさだった。

そして私はとりあえず仕事へ集中した。
依頼が来た役は全てやらせてほしいと事務所にも伝えた。
今は役になっているときが、唯一安心できた。




ある日、中野さんが、見せたいものがある、といって私を呼び出した。
指定されたお店に行ってみると、そこは表通りから一つ外れた通りにある、古風な喫茶店だった。本当に喫茶店という言い方が似合いそうな。
中野さんはその店でよく原稿を書いたり本を読んだりするという。

「すいませんねー。こんなところに呼び出して」

「いえ。雰囲気いいですね。
お父さんが昔好きだったっていう映画で見ました。こういうセット」

「・・・僕も、そこまで年齢差は無いんですよ、小田さん」


中野さんが私に見せたいと言ってたのは、最近出た文芸誌のコラムだった。
書いているのは中野さんではなく、私でも名前を知っている著名な老作家の人だ。
よく知られている小説もあるし、書評や映画とかの評論でもたまに目にする名前だ。

中野さんはデビュー作で賞を受けたときに、そのとき選考者だったその人にとても好評価されて、以来ときおり親交させてもらっていると言う。


そのコラムは私の出た映画について触れてくれていた。
木村監督が撮り、中野さんが脚本を書いたあの映画だ。
私は女優を目指す女の子の役をやった。

コラムはその老作家さんの娘さんのことについて書かれていた。
遅くに出来た一人娘で、可能な限りの愛情を注いで接していたこと。
可愛らしく成長し、女優になるのを夢見て演劇部に入り熱中していたこと。
そして、まだこれから本格的に演技について勉強しようと意気込んでいた15歳のときに、突然の事故で亡くなったこと。

そして私の演った役に触れ、私の姿に、確かに亡くなったお嬢さんの姿を一瞬見たと書かれている。

老作家さんは、これはもちろんよくある話で、論理的でも客観的でもない個人の追憶でしかない、単なる老人の戯言として読んでもらいたい、と書き、しかし、確かに私の演じる姿を見て、束の間幸せだったと、そう書いていた。


私は読み終わったあと、中野さんの目を見つめた。
すごく久しぶりのことだったと思う。中野さんも目を逸らさない。

でも、そのあと何を言っていいかわからなかった。

「・・・これを読んで、私に、何を・・・」

「いえ、特に何をしてほしいとか、言ってほしいとかは無いんです」

「・・・」

「でも、僕は、これを読んで、この先生に起こった心の動きは、絶対に事実だと思ったんです」

「・・・」

「それを伝えたかった」

「・・・」

「僕はあなたの演技を知ってるから」

「・・・。
・・・私・・・帰ります」

私はまた少しからだが重くなった気がして、ゆらゆらと立ち上がった。
中野さんが肩を支えてくれた。

「もう一つだけ、言わせてください」

「・・・なんですか」

「僕は、記憶の端に引っかかってたことを確かめるために、この先生の過去の随筆を読み返してみました」

「・・・」

「亡くなったお嬢さんのことを書かれた随筆で、以前どこかで読んでいたんです」

「・・・」

「そこには、生前のお嬢さんの、下唇を噛む仕種について書かれていました」


中野さんの指摘した、私が役の中でやっていた演技だ。
台本にはまったく書かれていなかったことだ。
私も、言われるまで気付きもしなかった。

中野さんの目は優しかった。

私は目の前が少しぼやけて、中野さんの出してくれたティッシュを見て、自分が泣いていることに気が付いた。

涙が止まらなかった。
なぜだかはわからない。





私は19歳になった。
主演をやらせてもらったドラマの撮影中だった。これは17人目の役になる。

映画も2本すでに出演が決まっている。
1本は春に、もう1本も夏までに撮り終わる予定だ。


めだかさんには、あれから会っていない。





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21回の嘘(8)

2009/10/09 15:15


To / 片山さん
Sub/ 小田です。
───────────────
どうして熱愛中なんて嘘をついた
んですか?
私困ります。
片山さんのことは、いつも優しく
していただいて、お世話になって
いると思ってますけど、お仕事以
上のお付き合いは無いじゃないで
すか。

片山さんのことが分らなくなっち
ゃいます。
───────────────



From/ 片山さん
Sub / Re: 許してほしい。
───────────────
違うんだよ亜希子ちゃん。
俺は付き合ってるとは言ってはい
ない。
もちろん熱愛中とも言ってない。

俺が認めたのは、撮られた写真の、
一緒にライブハウスへ行った事実
だけだ。
でも、それに加えて、俺の亜希子
ちゃんに対する気持ちを正直に言
ったことで、記者が勝手に書いて
しまったんだ。

こんな迷惑を掛けることになって
しまって本当に申し訳ない。
でも、俺の亜希子ちゃんに対する
気持ちは嘘じゃない。それはわか
ってほしい。
───────────────



確かに、熱愛中だと報道された芸能ニュースの記事は翌日にはすぐ訂正されて、『片山健二、小田亜希子と真剣交際宣言』に変わった。
片山さんは私について、「小田さんは僕にとって特別な存在です。率直で芯はしっかりしてて、でも無邪気で、一緒にいて楽しい。あんな子には今まで出会ったことがない」
と、語ったと書かれている。

そのことについての返答を求められた私の所属事務所からのコメントも載っていた。
『小田亜希子と片山健二さんの間に現在交際中の事実はありません。片山さんは小田の、仕事上お世話になっている先輩であり、良きお友達でいていただいております。今後の二人の関係につきましても、温かい目で見守っていただきますようお願い申し上げます』と、なっていた。

少し曖昧なコメントの様に感じた。
私は事務所の人にはハッキリと、「片山さんとお付き合いする気持ちはありません。片山さんにはお仕事上お世話になってますが、お気持ちには応えることはできません」と話していた。

でも事務所の人からは、今きっぱりと彼の気持ちを拒否するのは得策ではない、と言われた。
片山さんは大手芸能事務所の人気タレントであり、現在人気トップクラスのアイドルだ。バラエティー番組でも活躍しててファン層も幅広いし熱心なファンもいる。
現に今回の写真誌が出た翌日には、もううちの事務所には熱狂的な片山さんファンと思われる人からのメールや手紙が多数届いたらしい。
私もそのいくつかを読ませてもらった。

[小田亜希子さん、あなたの様な普通の子が片山健二さんの相手では釣り合いが取れないと思いませんか。今すぐ芸能界から消えてください]
[だれ?おだあきこって。ケンジくんに何をしたの?ちょっと映画で注目されたからっていい気にならないでよね]
[今回のことはあなたの事務所が仕組んだ売名行為ですね。今すぐ片山さんとファンの人に謝罪してください]

私には見せない様にしてたけど、もっと露骨に私を中傷してるメールや、中には私の写真をビリビリに破いて送ってきたりしたのもあったそうだ。

私は事務所の人から説明を受けた。
「片山さんが思いを告白するコメントをしている以上、きっぱりと拒否をすると、逆にこういう熱狂的ファンの人の気持ちを逆撫でしてしまう恐れもある。親密な交際はしてません、今後もお友達の1人としてのお付き合いで・・・という感じでお茶を濁しておいた方がいい、そのうち話題性が無くなるとみんな冷めていくから」

確かにマスコミの反応の中には、片山さんの堂々とした告白に男らしくて良い、という風潮もある。
さわやか交際を見守るべき、といった発言も、テレビのコメンテーターの中にはあったりした。




「おつかれさんやな。お嬢ちゃん」

「あ・・・。めだかさん」

「まいったか?」

「うん。まいったよ・・・今回は・・・」

「今はずっと家か?」

「うん、大学に行っても記者に囲まれるし・・・近所のコンビニにも行けない。家を出られないよ・・・私は一切喋るなって言われてるけど・・・」

大学の友人達からは心配半分、好奇の目半分といったところだろうか。学食でお昼を食べていても、あちらこちらから覗き込む人の顔があったり、耳打ちをする人の姿があったりした。
家でももちろん心配された。お父さんは、仕事か大学、どちらかだけに専念することを考えたらどうか、と言ってくれた。大学を選んでほしいと思ってるように感じた。


「とうとうホンマの芸能人やなー」

「・・・めだかさんのご希望通りでしょ。満足?」

「肩、揉んだろか」

「あ、ホント?・・・って、ここ夢の中でしょ・・・」

「・・・気の抜けたツッコミやなー。
やっぱりかなりのまいり具合や・・・」

「どうすりゃいいんだか・・・」

「その後、片山健二からは?何か言うてきてるか?」

片山さんからはその後何度かメールをもらった。
私が片山さんのファンの人に迷惑をしていることを気遣い、丁寧にお詫びをしてくれて、何らかの形で償いをしたいとまで言ってくれている。

私は、そこまで気にされなくてもいいですよ、お互いにお仕事を頑張りましょう、と打って一度だけ返信した。

「ま、そんなところやろな。あとは放っとけば静まるやろ」

「・・・それがね。
片山さんがどうしてももう一度会って話したいって送ってきて」

「ああ、そりゃあかんで。今会うても、ええこと無しや」

「うん・・・そうだよね・・・」

「彼も大人やさかい、仕事の方の大事さを選ぶやろ」

「・・・。
・・・ねえ・・・めだかさん」

「ん?」

「・・・芸能界って、何なんだろうね」





大学と仕事へ行く以外は外出もできずに家でごろごろして過ごしてる間、中野さんからメールをもらった。
中野さんには、また本や作家さんについての情報交換をさせてもらいたいとお願いして、新年会のときにメールアドレスの交換をしてもらったのだ。

今回の片山さんとの交際報道について何か聞かれるかと思ったけど、そのことには全く触れずに、新年会のときに話した、私の好きな作家さんの最近のコラムや対談などの情報を丁寧に調べて送ってくれた。
中野さんらしいな、と思ってちょっと嬉しくなった。


須藤君からも一度、いろいろ大変そうだな、という内容のメールをもらった。
私はメールじゃなく、直接お話ししたいと思って電話をかけた。
でもタイミングが悪かったのか出てもらえなかったので、私は留守電に、報道のことは全然大丈夫だよ。また連絡するね、と伝言をしておいた。

その須藤君から後日電話が掛かってきた。

「その後、どう?元気か」

「うん、もう大丈夫。あんまり気にしてても仕方ないしね。仕事にも行ってるし、お母さんとお買い物とか、行くようにしてる」

「そっか。そうだな。大学の方は?」

「うん。行ってるよ。須藤君は?」

「うん。こっちもだいぶ馴染んできた」

須藤君は某有名私立大学に合格していた。彼は子供の頃から運動も勉強もよくできたのだ。だから女子にも人気があった。
去年の夏に野球部を引退してからの受験勉強への集中力もすごかった。
私が無理しても大学へ行こうと思った理由の一つには、彼の頑張りに影響されたこともあると思う。

「そういえば須藤君、3月に車の免許取ったんだよね」

「ああ、取ったよ。今は母親の軽自動車を借りてあっちこっち行ったりしてる」

「いいなー。私も免許取りたいな。ねえ、今度どっか連れてってよ。海とかさ」

「・・・」

「あれ、・・・どうかしたの?」

「小田・・・」

「ん?」

「オレ、もうお前と会わないよ」

「・・・」

「会わないようにする」

「・・・え?」


なんか声が遠い・・・もう会わない?今そう言った?誰と。私と。須藤君が。もう会わない。
言葉の意味が頭に入ってこない。

「あはは・・・何言ってんの須藤君」

須藤君、何か勘違いしてる。最近お話しする機会が少なかったからだ。
今は2人とも大学にやっと慣れてきて、これからまた時々会ってお喋りできれば・・・そうしようって言うつもりだったのに。

「あ、もしかして写真週刊誌とか、気にしてる?
今回は、片山さんがすごいスターだから、だよ。
私1人じゃ、記事にもなんにもなんないよ」

胸の鼓動が少し速くなるのが分る。

「もしも、もしもの話ね、私と須藤君が手をつないで街を歩いてたって、誰も何にも言わないよ。誰も気付かない。
ほら私って、芸能人オーラがゼロだからさ」

違う?私の言ってることはマト外れかな。須藤君はもう会わないようにする、と言った。私とは会っても面白くない?会っても何にもならない?だから会わないっていう意味?それとも、私とはもう会いたくないっていうこと?

「ねえ・・・片山さんのことは、私は、何とも思ってないよ。
本当に、このお仕事の先輩としか、いい人だけど、ただそれだけだよ」

なぜこんなことを言ってるんだろう。言うまでもないし、言うべきことでもないと思ってた。
須藤君は何も言わない。なにも返してくれない。私は無言の状態になるのが怖い。でも私はそのまま1人で喋ってると、何か変なことを言ってしまいそうだった。

須藤君があんないいかげんな記事を真に受けてるとは思っていない。
でもこの世界は嘘だらけで出来ている。それを真に受けて、いや、真に受けたりしなくても、それについてのいろんな興味だけで次の新しい嘘はあふれかえる。

ネット上では、もっと下品な言葉によって私と片山さんについての噂が交わされているそうだ。もちろん私はそんなものは見ない。気にしたことも無い。

須藤君もそうだと思ってた。
小さい頃からの私を知っている。家族以外で誰よりも私を知っていると思ってた。
でも、もし、私が須藤君を見てきた様に、須藤君が私のことを見れなくなってきてたとしたら。
須藤君が私を見る距離の間にいろんな嘘や誤解や、イメージや装飾が、いつの間にか入り込んでいて、私が須藤君から見えにくい位置までいつの間にか歩いていたとしたら。
私がそれに気が付かなかった、いや、気付こうともしなかったのだとしたら。

やっぱり、言ってしまう。大学生にもなって。私は。

「須藤君。私のこと、・・・嫌いになった?」


彼は、いいや、違う、と言った。
私のことは大切に思ってる、と言った。
そして、だからもう会わない、と。

私は、泣くこともできなかった。





写真週刊誌の報道から2週間が過ぎた。

私は大学に行き、事務所に顔を出し、次の仕事の打ち合わせをし、雑誌の取材を受け、対談の仕事をこなした。
以前と、特に何も変わらなかった。

小田亜希子は恋愛報道で少し世間から注目され、ファンに恨まれたり好奇の目で見られたりして気の休まらない日々を少し過ごしたけど、また普通に仕事と学業に励む1人の若手女優に戻った。
そしてそれは、私とはほとんど関係の無いことの様だった。


あの須藤君からの電話があった日から3日間、私はほとんど眠ることができずに、今日、仕事の帰りに須藤君の家に寄った。自分でも思いがけずにタクシーをそちらに向かわせてしまった。

まだ暗くなる前の夕方だった。須藤君はいるかどうか不安だったけど、彼は家にいた。
彼は私を見て驚いて、すぐ家に入れようとしたけど思いとどまり、車のキーを取りに行った。多分、中にはお母さんもいらしたんだと思った。

彼はお母さんのだという軽自動車を出してくれて、私を乗せてしばらく走った。
そして2人が通った中学校の横の川沿いの道路に車を止めて、しばらく学校のグラウンドを眺めたり川を眺めたりした。

須藤君は印象が少し変わってた。最初に見たときにハッとした。
何かサッパリと、余分なものが洗い落とされた後の様な爽やかさがあった。
去年までの、スポーツをしてる男の子の素朴な印象は無くなり、いかにも今時の大学生の雰囲気があった。
ひょっとしたらもっと前から彼は変わってたのかもしれない。私が気付かなかっただけなのかもしれない。
彼はいつもと変わらず私を真っ直ぐ見つめる。
私は彼をまともに見ることができない。


私が何も喋らずにいると、彼の方から話し出してくれた。
なぜ、もう私と会わない方がいいと思ったのかを。

須藤君には今お付き合いしてる人がいた。

付き合い始めてから半年以上経つという。高校3年の2学期からだ。
相手の人は野球部のマネージャーをしてた女の子で、ずっと須藤君のことが好きで、高校1年生の頃から思いを伝えていた。

須藤君は、その思いを知りながらもずっと応えられずに、野球に打ち込んできた。
彼女もそんな須藤君をそばでずっと見てきた。

須藤君は野球部を引退した後に答えを出すつもりだったという。

そんな時期に、あの私とのキスがあった。
私はあのキスで須藤君の気持ちを少し戸惑わせ、迷わせた。

須藤君には、芸能界で女優としてやっていく私を支えたい、という思いがあり、実際に支えになれているという自覚もあったという。
そして、あのキスでそれを再確認しながら、でも本当の意味での気持ちを分かり合える存在には絶対になれないことも感じた。そう言った。

そして彼女の思いを受け入れることにした。
彼女と付き合っても、私のことは、今までと同じよう支えになれると思った。
しかし、共に同じものを、同じ目線で見て、感じて、同じ場所でお互いを認め合える相手として、素直な気持ちで望む相手は彼女の方だった。
私にそれを望むことは、もう出来ないと思った。
今度の報道で、片山健二という国民的なアイドルと親しげに話す私を見て、立っている場所の違いは決定的なものになった。須藤君はそう言った。

須藤君と彼女は同じ大学に通っていて、ほとんど毎日顔を合わせ会話を交わすらしい。
私とは、たまに電話やメールで近況を報告し、テレビや雑誌や、芸能ニュースで見て姿を確認する。

やはり彼女は気にするだろうな。幼馴染というだけで、自分の彼氏を都合のいいときに呼び出して、芸能界の噂話の相談を持ちかける芸能人を。

なんだ。そうなんだ。

結局はそういうことだ。大事な彼女が出来たから、便利な相談役なんかやってられないってことだ。彼女のためだ。
それだけのことだ。


私は無言で車から降り、数年前には制服を着て通学してた道を歩き出した。
須藤君とふざけあいながら並んで帰ったこともある道。
彼は追いかけては来ない。




私は今日何をするつもりで彼に会いにいったんだろう。
もう会わないと言ったわけを聞いて、どうするつもりだったんだろう。

会いたくないことには理由があって、その理由には原因があって、原因を突き止めるまで2人で話しをして、原因が分れば解決して。
そして最後には2人で、なあんだ、って笑いあって、元通りになると思ってたんだろうか。子供の頃、ちょっとしたことでケンカしたときの様に。

私は須藤君の存在を当たり前の様に思っていた。
小さい頃から近くにいて、冗談を言い合えて、素直に彼のことを応援できて。

私は彼の他愛も無い話しも、真剣な話しも、なんでも聞いてあげられた。そうしてきたつもりだった。
だから私も彼に話せた。相談もできた。そこに何の疑問もなかった。

なぜ、当たり前だと思い込んでいたのか。
いつの間にか関係はこんなに変わってきてたのに。
彼がいなくなるなんて思いもしなかった。

いなくなるまで、そのことに気付かないなんて、思いもしなかった。

彼に、好きな人ができるなんて。

それがこんなにも苦しいなんて。






「お嬢ちゃん、大丈夫か」

「・・・あ、めだかさん・・・」

「なあ、頼むからちゃんと寝てくれ」

「え?」

「眠りが深くないとわしは出て来られへんのや。
それに、お嬢ちゃんの神経も、もう限界近いで」

「・・・今日は、寝てるんだ、私」

「何言うてんねん。さっき家まで帰ってきて、玄関で倒れたんやで、お兄ちゃんが部屋まで運んできたんや」

「あ、そうか」

「そうかやないよ。メシもほとんど食えてないやろ?倒れん方がおかしいで」

「・・・もういい」

「ん?何がええんや」

「もういいよ。めだかさん
・・・私、もうやめるから・・・」

「やめる?ちょ、何言うてんねん。
お嬢ちゃん、自分が何言うてんのか分ってんのか?」

「私ね・・・今日、須藤君に、全部話そうと思ってたの。めだかさんのことも」

「・・・」

そうだった。私にはそのつもりもあった。
私が須藤君と真剣に向き合えない理由には、私には二十歳以後の未来が確定していないという、どうしようもない条件があった。
私は怖がってた。近付きすぎるのを。彼の存在に支えられて立っていると分っていながら、心の奥で距離をとっていた。

でも最近は、私にもかなりの確率で、このまま生きていけそうな自信も出てきていた。
あと2年。あと2年頑張れば、女優からも芸能界からも解放される。
ただの小田亜希子になれる。
ただの小田亜希子として須藤君と向き合える。そう思っていた。

それさえ理解してもらえれば、ひょっとしたら、待っててもらえるかもしれないと思ってたのだ。都合のいいことに。

「そのことを分ってもらうには・・・めだかさんのことを話して、めだかさんとの約束のことを話して。それを理解してもらうために8年前の川での出来事を話して・・・」

「お嬢ちゃん・・・」

「麻衣ちゃんと川に落ちたことを話して、私だけ生き返ったことを話して・・・」

「お嬢ちゃん、もうええよ」

「10年で女優になることを話して、なれなかったら死んじゃうことを話して」

「もうええって」

「ねえ、誰がそんなこと信じるの!
みんな引いちゃうよ!かわいそうな目で見られちゃうよ!」

「・・・」

「もういいよ!終わりにしよう!」

「・・・お嬢ちゃん」

「ここで終わりでいい」

「・・・」

「めだかさんなんか、もう会いたくもない!」






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21回の嘘(7)

2009/10/02 15:05


「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・ねえ」

「・・・」

「なんで喋らないの。めだかさん」

「・・・お嬢ちゃんこそ、喋らんなあ」

「・・・」

予想通りに、その夜めだかさんは夢に現れた。
頭を掻きながら、いつもの愛嬌ある顔の表情は少し曇り、態度も不機嫌だった。
まあ、新喜劇で見るチンピラのキャラにも見えてユーモラスでもあるんだけど、今夜は笑えない。私だってそんな心境じゃない。


「なんか言うことあるやろ」

「・・・見てたんでしょ?」

「・・・」

「・・・須藤君と、私」

「・・・」


私は自分から須藤君に「キスをしてほしい」と言った。
言いながら、自分自身に、何を言ってるの?と突っ込んでた。でも止められなかった。

彼は驚いた顔をしたけど、私から目を逸らさなかった。
ぎこちない手で私の肩を取り、ゆっくりと引き寄せた。
それから、唇を合わせた。

どれくらいの時間だったろう。
ほんの一瞬だったような、すごく長い時間だったような。
よくわからない。でも実際には多分、数秒程度のこと。

私はその数秒の間、頭の中が真っ白になって、一瞬あらゆることがどうでもいいと思った。
私の寿命が二十歳までかもしれないことも。
黒木由里子に不愉快に思われたことも。
映画のこともドラマのことも演技のことも芸能界のことも、全て消えてしまった。

そしてその状態が、全く普通の女の子として成長した本当の私自身かもしれない、とさえ思った。
あの10歳の頃に川で溺れたりしなければ、一度死んでめだかさんが私の前に現れることが無ければ。


「なあ、・・・お嬢ちゃん」

「わかってる・・・」

「・・・わかってるって、何が?」

「めだかさんの言いたいこと」

「・・・」

「大丈夫。
・・・めだかさんの心配する様な関係には、ならない」

「・・・ほんまか?」


須藤君とは、そのあとすぐに公園で別れた。

キスの後、彼は目で私の気持ちを推し量る様な表情をした。
私は、そのまま彼に寄り掛かりたい、という衝動を抑えた。なぜか抑えてしまった。
「ありがとう、会ってくれて」
それだけ言って、私は家に帰った。


「3日後に、ドラマの撮影で主演の人とキスのシーンがあるの。
だからなの。・・・気持ちの整理をつけたかったの」

「そうなんか」

「うん。それと試合に負けた須藤君に、お疲れ様でした、の意味もあったし」

「・・・」

「べつに今までと変わらないよ。心配しないで」

そう言いながら、自分で自分の言ってる言葉が身に付いていない感じがした。
こんな感じは初めてだ。
私、今嘘をついた?
いや、嘘ではない。キスシーンの前の気持ちの整理も本当だし、須藤君への言葉にならなかった思いの代わりも本当だ。
でも、私の気持ちはまだ余っている。
その余りの部分の方が重くて、吐き出せなくて、胸の奥でユラユラと形を変えている。

ただ、あのキスの数秒間、全てがどうでもいいと思った瞬間は、幸せでもあったけど、怖さもあった。
私はその怖さの方から目を逸らしてはいけないと直感的に思っていた。




ドラマは順調に撮影日程をこなし、番組も好評のうちにクランクアップを迎えた。

私は主演の片山さんとはかなり打ち解けて親しく喋れるようになり、打ち上げの席でメールアドレスも交換した。
片山さんから教えてもらうことは多かった。
いわゆる芸能界での身の処し方とでもいうんだろうか、人付き合いの仕方、イメージ作りのプラス面とマイナス面、要注意な芸能人、業界人など。
興味本位で聞いてるだけでも楽しかった。


そのドラマに費やした夏休みが終わると、もう2学期は、私たち3年生は受験への本気ムードが全開になる。
当然私もそうなのだが、まだ大事な仕事は残ってた。
去年の夏に撮った木村監督の映画の公開だ。

9月公開の映画に合わせて、私は夏休みの後半ぐらいから宣伝活動に駆り出された。
主に雑誌の取材やインターネットのサイトでのインタビューを受けた。

公開初日には舞台挨拶があった。
主要共演者のみんなには1年ぶりに会うことになる。黒木由里子にも。
彼女は相変わらずの女優オーラに包まれ、もはや貫禄すらある。
でも1年前のあのヒリヒリした圧迫は薄れてた気がした。私たちはごく普通に挨拶を交わした。

木村監督とは今年の1月に一度お会いしてる。私は木村組の新年会に呼ばれて顔を出したのだ。だから8ヵ月ぶりの再会だった。

「小田ちゃん、久しぶり。元気そうだね。
夏のドラマ見てたよ。あんな明るい元気娘の役もできるんだね。新鮮だった」

「あれですか。すごい恥ずかしかったですよ。
私、放送見てないですもん。見れないです。恥ずかしくて」

あのドラマは知り合いに見られるのが一番恥ずかしかった。もちろん家族にも。
一緒にリビングで見ることができずに、ドラマが始まる時間帯は1人で部屋へ閉じこもったりしてた。

「なんか感慨深かったなー。14歳で初めて出会った小田ちゃんが、成長して、もうあんなキスシーンまでやる様になったんだから」

「監督、そのことは触れなくていいですよ・・・」

「大人になったんだねえ」

「アハハ。親戚のおじさんみたいですね。その言い方」

「でも、やっぱり嫌なもんだよね、いくらお仕事でも」

「そうなんですよねー」

「あれ、初めて?」

「え?・・・」

「いや、キスシーンって」

「・・・あ!・・・あ、あの・・・そうです・・・」

「・・・」

「いえ、あの・・・」

「あ、そうか」

「・・・」

「・・・聞き方、まずかったな・・・」

ミスったかなっていう表情のまま、監督の目線が私の少し上に移動したのに気付く。
目線を追って後ろを振り向くとそこには中野瞬さんが立っていた。
相変わらず目を合わせず、照れたような笑顔。

「あ、・・・中野さん。いつからそこに?」

私は少し動揺した。
今の監督との会話を聞かれただろうか。
私はこういう場合にサラッとかわすことが本当に苦手だ。顔が熱い。多分赤くなっただろう。

「今、声をかけようとしたところです。お久しぶりです。
今日は舞台挨拶、がんばってくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます。
・・・あ、私、じゃ、ほかの共演者の人に、挨拶を・・・」

私は逃げてしまった。余計に勘ぐられるような行動だと思う。でもダメだ。
顔に出てしまう。

中野さんとも新年会以来だったから8ヵ月ぶりだったのに。
なんでこうなるの。
彼は相変わらず映画関係者らしくない佇まいで、優しい声、優しい眼差しだった。
今日はちゃんと目を見て、お話ししたかったのに。

その日の舞台挨拶は案の定しどろもどろだ。お客さんから「小田ちゃん、しっかりー」という声が掛かってしまった。



映画は予想以上にヒットした。
私の出演映画の中では最も成功し、ロングラン上映された。
厳しい批評家や、雑誌やネット上のレビューでも評価が高く、私はまた更に多くの人に注目されるようになり、雑誌やテレビの取材依頼がとても増えた。

──今や若手ナンバーワンの女優と言われてますが、ご本人としてはどうですか?

「そんな。困ってしまいます。でも観ていただいてる方には本当に感謝しなければ、と思っています」

──黒木さんとの女優対決も、小田さんの勝ちだという人の方が多い様ですが。

「私は最初から対決なんて思ってません。黒木さんのお仕事に対する厳しさには、私なんか全然及ばないですから」

──プライベートの方はどうですか、高校は来年の春に卒業ですね。

「はい。大学には行くつもりです。もういま必死です。みんなから遅いよって突っ込まれてます」

──大学生ともなれば、そろそろ恋の方も・・・。

「そのへんはノーコメントで・・・(笑)いえ、そうですね。できたらいいですね」




須藤君とは、あの日からしばらく会わなかった。
仕事が忙しかったのもあるけど、やはり少し気まずさもあった。

先に連絡をしてくれたのは彼の方からだった。ドラマの、例のキスシーンの放送があったすぐ後だ。
キスシーンについては彼は全然触れなかった。でも私は、彼が事情をなんとなく察してくれたんだと思った。

次に会ったのは麻衣ちゃんのお墓参りの9月の日。

そして秋には一度だけ一緒に映画を観に行った。私の主演した映画。
私は恥ずかしかったので他のにしようと言ったけど、須藤君は一緒に観たいと言った。

彼の優しさは変わらなかった。一緒にいると、私は守られてるような安心感を感じた。
私は彼が野球をやめてから、また少し大人っぽくなったような気がした。




冬休みはもうほとんど仕事を入れず、勉強漬けにした。
木村監督の映画が思いのほか好評だったので、取材も増え、単発のドラマにも呼ばれたりしたので受験勉強がまた遅れてしまったからだ。
学校の友達ともほとんど会う時間も無い。須藤君とも電話やメールで近況を報告するぐらいだった。
大学に入るまで・・・私はそう思って目の前の課題を消化していくのにただ一生懸命だった。

私は最近まで、大学へ行ってこれを学びたい、という希望を持ってなかった。
両親も、仕事でこれほど注目されるようになったら、べつに無理して大学に行く必要は無いと言ってくれた。
私も両親がそう言うなら行く必要は無いかな、と考えるようになった。でも、そうなると私の選べる将来は女優以外には、ほとんど選択肢が無くなるような気がした。

私に未来があるかどうかはまだ確定していない。
確定させるために、今は仕事だけに集中して、未来への可能性を高める方が大事だというめだかさんの言い分はもちろんわかる。
でも、確定した後に、抜け殻の様になって周りを見渡している私になるのも怖かった。

私が今まで仕事を頑張ってきた理由は、ただ、あと2年が過ぎたあとにも生きている為だ。
では、生きていけると確定した後におそらく生まれる、どうやって?という問いに、私は答えを見つけられるのだろうか。どんな私がそこにいるのだろうか?

私は猶予が欲しかった。
今の仕事以外に、私が成り得たかもしれない私の姿を探すための、言ってみれば曖昧な期間が欲しかった。
私には、自分が女優だという自覚は、未だに生まれていない。


「お嬢ちゃん、18歳やのう。おめでとう」

「あ、めだかさん、ありがとう」

「ちょっと痩せたか?」

「そう?スレンダーになった?」

「・・・まあ、大人の女に近付いてるってことなんかな」

「あ、セクシーになってきたってこと?」

「わしら天使には人間の色気とかっちゅうのは・・・」

「はいはい。犬の色気と一緒なんでしょ」

「そこまで言うてないよ。それに犬の色気ってなんや」

「あはは」

「・・・大丈夫か?」

「なにが?」

「無理し過ぎたらあかんで・・・健康がやっぱり一番やさかい」

「やさしいね。めだかさん」

「・・・」

「大丈夫だよ」

「・・・」



台本を覚えるのは得意な私は、とりあえず丸暗記できる科目はなんとかなると思った。
不安だったのは数学だったけど、めだかさんにまで数式の解き方のアドバイスをしてもらって試験に挑んだ。

その結果、私は志望の大学に無事合格した。




「小田ちゃんの大学合格を祝って、乾杯!」

今年も木村組の新年会からお声が掛かり、私はもちろん顔を出した。
映画がヒットしたから盛大にやる、と言われて期待していったけど、メンバーも場所も去年と変わりなかった。ただお酒と料理は幾分グレードアップしてる様に見えた。

「監督、こんな時期に新年会って、おかしくないですか?」

「いやいや、小田ちゃんの大学合格祝いを兼ねたいから今まで待ってたんだ」

「ホントですか?だったら嬉しいですけど」

「いやね、本当は年明けから次の映画の準備と取材で手一杯だったんだよ。それさえなければ新年会、小田ちゃんの誕生日、合格祝いと、三回飲めたんだけどねー」

「結局、口実はなんでもいいってことですね」


思った通りに中野さんも来ていた。
私は、今日は中野さんに伝えたい気持ちもあって参加したのだ。

「合格おめでとうございます。小田さん。本当によかったですね」

「ありがとうございます。中野さんのおかげです」

「へ?」

とりあえず気持ちの猶予期間が欲しくて進学した私だけど、それにしたってどの分野の勉強をしたいかを決めなければいけない。
去年、中野さんに出会って一緒にお仕事をした期間、私は元々は作家の中野さんからいろいろと本を紹介してもらった。
本は好きでよく読む方だった私だけど、中野さんに教えてもらった小説やその作家さんはとても新鮮で面白かった。
人の心の動きの不思議さや魅力に、とても興味が持てる内容だった。

私はその後、中野さんの書いた本も手にとって読んでみて、そのいくつかに感動した。ちょっと泣いたりもした。
そして私は漠然とだけど、もっと本を深く読めるようになりたいと思うようになった。
もちろん本は何をしてたって読めるけど、どうせ進学するなら、文学について、人の心について、ちゃんと勉強した方がいいと思ったのだ。
そう思わせてくれた中野さんには、どうしても伝えておきたいことだった。

「・・・そうですか、いや照れますねー。でもうれしいです」

「また教えてくださいね。小説のこと」

「あ、それじゃあれも読んだんですか、僕のデビュー作・・・。
あの主人公は僕じゃないですよ。あのストーカーは、あれは完全なフィクションです。
いや、まいったな・・・」

「誰もそんな読み方してないですよ・・・中野さん・・・もう酔ってます?」





大学生活が始まったと同時に、またドラマの撮影も始まった。

去年好評だった夏のドラマ、片山さん主演のドラマの続編が3時間の特別編という形で決まったのだ。
せっかくの大学生活が始まったのに、いきなりまた制服着て高校生活ではしゃぐ役とは・・・多少のショックはあったけど、しかしこればっかりは断れない。

単発ドラマなので撮影は3週間で、しかも大学にも行きながらのかなりの強行スケジュールだったが、片山さんのいる現場は相変わらず賑やかで楽しかった。あっという間に終わった。

私は打ち上げの席で片山さんから、ライブがあるから見に来ないか、と誘われた。
事務所の後輩の、まだデビュー前のバンドのライブに片山さんが飛び入りでギターを弾きに行くというのだ。
片山さんが趣味でギターを弾き、かなり上手いというのはファンの人ならみんな知っていることらしかった。
私はロックバンドにはあまり興味は無かったし、ライブハウスというのも行ったことが無かったので少し困った。でも共演者の女の子の1人が行きたいと言って、私にも一緒に行って欲しいと言われたので、それじゃあ、ということでOKした。


付き添い気分で行った当日だったけど、私も結構楽しんだ。
お客さんは7:3ぐらいの割合で女の子が多かった。片山さんがステージに現れると数人の女の子が熱烈な声援を送り始め、その人たちは知ってて来てるんだ、ということが分った。

他のお客さんは特にリアクションは無かったけど、片山さんの演奏が始まると結構もり上がり、ギターに関心の無い私にも片山さんがそこそこの腕前なのが分った。

ライブが終わったあと、私たちは楽屋で少しお喋りし、ライブハウスの前で片山さんに誘ってくれたお礼を言って別れた。
片山さんはバンドのメンバーの人たちに飲みに誘われて、仕方ねえなって感じでメンバーを引き連れて歩いて行った。多分おごらされるんだろう。


そして1週間後、私は写真週刊誌に載った。
ライブハウスの前で片山さんと2人で向き合ってる写真。
『話題の人気ドラマの2人、プライベートでライブハウスデート』

その写真と記事の見出しにも驚いたけど、もっと驚いたのは翌日の芸能ニュースの記事だった。

片山さんが、私と熱愛中だと認めていた。




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「つばさ」最終回

2009/09/27 13:54

「つばさ」が終わってしまった。

ちょっとした喪失感。

あんなに毎日テレビに突っ込んだり、呆れたりしながら、でも楽しく観てたのに。
もう明日から観れないなんて。


つばさはおかんでもなんでもなかった。
おかんになりたかったけどなれなかった、二十歳の娘だった。
そのことを受け入れる過程を、ときにドタバタと、ときにシンミリ、ときに賑やかに、
ときに奇跡的に、いろんな表情で見せてくれた。

多分これはドラマ制作者の意図とは違う見方だと思う。
まあでも、伝わらない意図は私は受け取らない。
私は多部さんファンとしてこのドラマを楽しんだ。

最後にラジオの男にお別れをして、つばさは本来の自分自身に戻っていった。
これからのつばさの方が魅力的じゃないのかな?
そう思わされたことも喪失感に繋がる。

結末は良かったと思いました。

多部さん、半年間ありがとうございました。




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21回の嘘(6)

2009/09/25 16:00


夏休みを、あと3日残して映画はクランクアップを迎えた。

今回の映画は自分の中でも思い入れが深い。
木村監督の人柄が私は好きだし、中野瞬さんの脚本にも興味を持てた。

私はめだかさんに女優になるように、半ば強制的にこの世界に入らされた様なものだ。
本当に迷子の子供と同じ気持ちで現場ではいつも立ち竦んでいた。
でも今回の映画に参加したことで、うまく説明することは出来ないけれど、自分の気持ちの微妙な変化を感じることができた。

それはまだ、この世界に、というよりも人に対する関心なのかもしれない。
こういう作品を作る人たちに対する興味の様なもの。
虚構の世界を作ることに情熱をかける人たち。
嘘を作る人たちが、誰よりも誠実に仕事に向き合っているということ。
たぶんこういう世界ではあたりまえのことを、わたしは少し勉強できた様な気がしていた。



映画の打ち上げは撮影終了後にスタジオで行われた。
共演者に未成年が多く、お酒も飲めないし、もうすぐ学校が始まる人も多いので小規模でいいということになったらしい。
私はクランクアップでまた泣いた。でも涙で別れを惜しんだすぐあとに打ち上げのケータリングの料理を見て喜んで、いつものように共演者に突っ込まれたりした。


「ねえ、小田ちゃんも二次会行こうよ。中野君って酔ったら面白いから」

木村監督はもうすでにほろ酔いでいい気分の様だ。お酒はそんなに強くないみたい。
大人のスタッフは、当然の様にこのあとの二次会のお店を押さえている。

「へー、そうなんですか。中野さん、酔うとどうなるんですか?」

「うん。彼は結構毒舌だよ。切りまくる。映画について、ドラマ、役者について、そりゃもうバッサバッサだ。私も何度泣かされたか」

「えー。意外ですー」

「またー、監督。小田さんにそんなことを・・・。
そんなオーバーに言わないでくださいよ」

中野さんも当然のように打ち上げに参加してる。
というか中野さんは撮影途中からほとんど毎日見かけた。
監督の傍らに常に付き添って真剣に撮影を見学してた。監督もたまに中野さんに相談を持ちかけていたようだ。

「私も、切られちゃってますかね。バッサリ」

「まさか。小田ちゃんに対しては、逆だよ。中野君の方が重傷を負ってる。
小田ちゃんは彼にちょっと薬を塗ってあげないと」

「はーい。薬ですね、何がいいですか。はい缶ビール。注いであげた方がいいですか?
グラスあるかな」

「い、いえ、そんな。小田さんに注いでもらうなんて、そんなこと・・・。
本当に・・・。
あ、・・・グラス、あります?」

中野さんはすごく速いペースで缶ビールを数本空けた。
少し酔ってくるといつもの照れは無くなってきて、私がジッと見つめてもあまり目を逸らさなくなった。

「なあ中野君、この間の話を小田ちゃんに聞いてみたら?」

監督が中野さんにそう促した。
なんでも、先日一緒に飲みに行ったときに出た話で、中野さんが気が付いた、私の演技に対する疑問だそうだ。

「え、なんですか疑問って。こわいですね」

「・・・そうですね・・・。
小田さんには・・・考えるときに、少し下唇を噛むクセはありますか?」

「下唇を噛むクセ・・・ですか?
いえ、無いと思いますよ。人に言われたことも無いですし」

「そうですよね。こうして、普段話していても見たことないです」

「はあ」

「では、コンタクトレンズはしてますか?」

「いいえ。視力は悪くないです」

「そうですか」

「はい」

「ありがとうございます」

「は?・・・なんですか?これ」

「はあ・・・」

中野さんの話によると、今回の映画の、私の演じた主人公には下唇を噛むクセがあったそうだ。
それは分りやすいものじゃなく、歯を見せず、口の中で少しだけ噛むような些細なもので、よく見ないと分らないものらしい。
もちろん台本には主人公にそんなクセがあるなんて書いて無いし、監督の演技指導にもそんな指示は無かった。
私ときたら、そう言われても思い出すこともできない。

そして驚いたのは2年前の夏に撮った2本の映画での演技の話しをされたこと。
初めての主演をやった映画では男の子みたいな女の子の役、そして次の木村監督の映画では恋をしてる女の子の役を演った。
中野さんが言うには、その二人の女の子の演技では、瞬きのタイミングが全然違うというのだ。

「ま、瞬き・・・のタイミングですか?」

「そう。最初の映画の女の子では瞬きがとても少ない。特に相手を見つめたり、怒ったときなんかは全くしない」

「・・・はあ」

「でも、2本目の映画の少女はとてもよく瞬きをする。相手を見つめていても、普段の何気ない会話のときでも。
・・・ま、注意して見るとそうだ、というレベルなので、普通に映画を見ている限りは全然分らないけどね。
・・・だから、さっきコンタクトのことを聞いたのは・・・」

「・・・一本目と2本目の映画の間にコンタクトレンズを入れるようになったから・・・瞬きが増えたのでは・・・ってことですか・・・」

「そうです。でも違うようですね。
・・・やはり、自覚してやってたわけではないんだ・・・」

私は何と返答したらいいか困ってしまった。
あたりまえだ。自覚して瞬きをしてる人なんているわけない。クセ以前の問題だ。
今回の映画で下唇を噛んでいたことさえ、今言われるまで全然知らない。いや、言われたって知らないことだ。
でも、中野さんには本当にビックリさせられる。
そんなことを気付く人がいるなんて。
・・・ファンだから?
私もお笑い芸人のファンだけどそんなことまで全然見えない。って、私と比べちゃダメか。
・・・この人はどんな目をしてるんだろう・・・。


「ね、中野君の着眼点は面白いだろう。
・・・ちょっと病的かもしれないけどね」

「か、監督!病って言葉は使わないで。イメージ良くないっす」

「ハハハ。ごめんね。
・・・でも、中野君のその意見を聞いて、私も何となく納得したことがあるんだ」

「なんですか?」

「なぜ、小田ちゃんが、私の言う通りの演技をしてくれないか、っていうこと」

「えー!私してましたよ。監督の指示通り。できる範囲で、ですけど・・・」

木村監督は柔らかく笑って、ふんふん、と頷く。そしてビールをあおる・・・もう何本目だろう。

「して・・・ません、でした?」

「君は以前からそうだけど、物凄く指示を欲しがる。どういう表情でとか、どういうタイミングでどう振り返る、とか」

「はい・・・」

「それで私は、自分の頭の中でイメージした演技を、君に期待して、伝えるんだけど、それはことごとく裏切られてきたね」

「え。あ、はあ・・・すいません・・・」

「君は、全ての私のイメージを超えて裏切る。私は・・・私は何回君に、監督としての自分のイメージの乏しさを痛感させられたか分らない」

「・・・は?」

「小田ちゃんのイメージの方が勝ってるんだよ。いつも。
君が思い描く少女の方が魅力的だ。生きている。いつも感心する」

「はあ・・・」

「私は以前君に、君は演技をしてないだろう、って言ったけど」

「あ、そうですね。あれ、私、気になってました」

「それは、そういうことなんだよ。
・・・私のイメージする演技なんか、君はしてないだろう、と、そういうことだ。
でも、君なりに、してくれてたのかもしれないね。今思うと」

「・・・」

「・・・ちょっと、悔しかったんだね。私は、あのとき」

「・・・そっか。ダメ出しされてるんじゃなかったんだ・・・」

「もちろんだよ。
・・・ほら、中野君、もっと飲みなよ。
あ、小田ちゃんもお茶なんか飲んでないで、ビールだビール」

「ちょっと監督!もう出来上がってるじゃないですか。
・・・ねえ、中野さん、止めてくださいよ」

「うん・・・小田さん、酔ったらどうなるかな・・・。
ねえ、ちょっとだけ、いいよね。
・・・あ、これ犯罪かなあ・・・」

「・・・ダメだ・・・」







映画に捧げた私の夏休みが終わると二学期はあっという間に過ぎていった。

遊びたいのに学校と仕事をこなすことでいっぱいいっぱいの私は、体育祭や文化祭で燃えてストレスを発散した。

12月には須藤君を誘ってお笑いのライブに行ったりお買い物をしたりした。
わざわざ夕方に待ち合わせして、クリスマスのイルミネーションを二人で見ながら歩いた。
一応、クリスマスのプレゼント交換しようか、と須藤君が言ったので、二人で何軒かお店を回って、私はマフラーを、須藤君はニットの帽子を選んでお互いにプレゼントした。須藤は照れてたけど、嬉しそうに見えた。

冬休みも映画の撮影が入ってた。お正月の3日だけ休みをもらって、あっという間に過ぎていった。

そして新学期が始まり、私は17歳の誕生日を迎えた。


「お嬢ちゃん。17歳おめでとう」

「ありがとー。めだかさん」

「お嬢ちゃん、最近明るいのー。朗らかっちゅうか。
調子いいみたいやのう」

「そう?仕事に慣れてきたってことかなー。
忙しいけど、前みたいに悩むことは少なくなったしね。
でもめだかさんは全然変わんないねー。年取らないの?」

「あのな・・・天使のわしに年齢は関係ないし、これは元々お嬢ちゃんの頭の中のイメージで・・・って、説明ややこしいわ。
でも・・・そうかそうか。ご機嫌なのはええこっちゃ。
須藤とも清い交際でいけてるようやし、その調子でたのむわ」

「ねえ。めだかさん・・・」

「なんや。急に真顔になって」

「今、いくつかな?私のやった役って」

「えっと、そうやな・・・・今、10やな。この間の冬休みの映画出演で10人。ちょうど半分や」

「10人、あと10人・・・。そうなんだ」

「今のお嬢ちゃんはもう大勢の人に認められとる。
あと3年あれば、わしとの約束は十分に果たせるよ。心配いらん」

「そうだよね。もう間違いないよね。
もう私、少しぐらい将来のこと、思ってもいいよね」

「う、・・・そうやな。ま、あんまり気を緩めることもできんけど、お嬢ちゃん、頑張っとるさかいな。ええんちゃうかな」

「うん」

「・・・将来、なんかやりたいことでも出来たんか?」

「ううん。そういうわけじゃないんだけど」

「さよか・・・」




高校3年生になると、友達はみんな卒業後の進路のことを気にしだした。

「亜希子はいいよねー。就職先は芸能界って決まってるし、もうしっかり稼いでるし」
と、クラスメイトに言われて、いやいや、私だって他の選択肢を持たせてよ、二十歳を過ぎれば、果てしない可能性が広がるんだから、と答えて変な目で見られた。


夏になる前に連続ドラマの出演が決まった。ゴールデンタイムで視聴率も高い枠だ。
主演を演じるのは人気トップクラスの男性アイドルグループのメンバーで、話題の映画やドラマにも多数出演してる片山健二だった。私はその相手役だ。

男性アイドルに熱中した経験の無い私は、クラスの友達にワイワイ騒がれてもピンとこなかったけど、まあすごいことなんだろうな。
日本中の女子中高生の間で、まず知らない人は1人もいない、と断言してもいいぐらいの人気アイドルグループなのだ。
その人と、テレビの中で楽しく学校生活する。この私が。正直恥ずかしい。

でも撮影が始まったら恥ずかしいなどとは言ってられない。
テレビドラマは撮影スケジュールがかなり詰めて組まれているので、撮影前日に台本を渡される、なんてこともあったりする。
学校にも行きながら、放課後に撮影に参加して、また学校の教室のシーンではしゃいでるへんてこな状況が続く。
主演の片山さんはテレビで見てイメージしてたよりもずっと気さくな方で、慣れないドラマの現場での私を気遣って和ませてくれたり、スタッフにも気配りして場を盛り上げるいいお兄さんだった。

ある日6話目の台本を撮影の休憩中に渡された私は、内容をパラパラ見ていて、思わずえー!って叫びそうになった。
6話目には私と主役の片山さんとのキスシーンがあったのだ。
私は速攻でマネージャーにそれを知らせ、、これは最初から決まってたことなのかどうか問い詰めた。

「うーん。ああ、こうなっちゃったのね。ラブシーンぽいのはあるだろうって話しだったんだけどね・・・で、亜希ちゃん、どうする?」

「ど、どうするって、やらないって言ったら無くなるんですか?」

「いや、キスシーン事体は無くならないと思うよ。でもこちらがNGを出せば、撮り方は考えてくれるとは思う。キスしてるように見える撮り方、とか」

「・・・」

「どうする?」

私は少し迷って、NGは出さなくていい、と伝えた。
なんとなく、私の中でも小さなこだわりも生まれてきてた。木村監督をはじめとする多くの映画のスタッフとのお付き合いの中で学んだことかもしれない。
単なる個人のわがままで演出に変更を加えて、作品の質を変えることはあってはいけない。そういう意識が私の中に出来ていた。
そのシーンの撮影は3日後だった。


キスシーンのことも気になったけど、私には、その日はもっとずっと気になることがあった。
私は撮影が終わると、挨拶もそこそこに大急ぎで家に帰った。
家に帰って自分の部屋でずっと携帯が鳴るのを待った。
その日は夏の甲子園大会の地方予選で、須藤君の高校の試合があったのだ。
準決勝だった。彼はもちろん先発メンバーだ。6番でセンターだった。
須藤君も私も3年生。今年で最後だ。
私はテレビでもメールでも結果を知るのがイヤだった。
須藤君から直接聞きたかった。

携帯が鳴った。

「よう。今、家にいるのか?」

「うん。少し前に帰ってきた」

須藤君の声は明るかった。だから私はすぐに、勝ったんだ、と続けようとした。でも先に喋ったのは須藤君だった。

「・・・小田。ありがとな」

「えっ、何が?」

「3年間、いや子供の頃からか、今まで、ずっと応援してくれて」

とてもすっきりと、サバサバした声。そして優しい声。
私はそれだけ聞いて、その声で全てわかった。
気が付くと涙があふれていた。

「・・・ごめんなさい・・・私」

泣いて、うまく喋れない。
こんなときに、また彼に何も言ってあげられない。
勝っても、負けても、どちらのパターンでも言ってあげる言葉を用意してたのに。
全部飛んでしまった。
私の演技力なんて、やっぱり嘘の出来損ないだ。

「私、また、応援も、行けないで・・・ごめんなさい」

私は泣いて謝るばかりで、言葉にならずに、逆に須藤君から、ドラマ忙しいだろう、とか、ちゃんと寝る時間あるか、とか声を掛けられて、また泣いた。

「ねえ、・・・今から、会えないかな?」

会ってどうなるとか、どうしたいとか思わなかった。ただ、会えば、須藤君の顔を見れば、落ち着いて、彼にかける言葉が見つかるような気がした。
私は直感で、彼の野球はもう今日で全て終わったんだと分った。
子供の頃からずっと彼を応援してきた私は、今日、何も伝えられないまま携帯を切って、それで終わらせることは絶対に出来なかった。

時間はまだ9時前。彼の家は自転車で10分ぐらいの距離だ。
須藤君は了解してくれて、10分後に私の家の近くの公園で待ってるようにと言ってくれた。
私はお母さんに、ちょっとコンビニに行ってくると言って家を出た。お父さんはまだ帰っていない。


公園には犬の散歩をさせてる女の人が1人いるだけだった。
私は外灯の明かりの下に立って待っていた。

「あ、もしかして、テレビに出てる人じゃないですか?」

後ろから声を掛けられた。いつもと全く変わらない声。

「バカ」

須藤君は、本当にいつもと変わりなかった。なんで?って不思議に思うくらい。

私達はベンチに腰掛けて、子供の頃にこの公園で一緒に遊んだ話をした。
小学校低学年の頃は、ゴムのボールで私も一緒に野球をして遊んでたのだ。
でも、いつからか彼が持つのは軟式の硬いボールに変わり、私ではキャッチボールの相手が出来なくなった。

「何をやっているかに関係なく、例えばサッカーでもバスケでも、水泳でも、絵でも音楽でも、特別な才能に触れたときって、やっぱり分るんだよ」

私はマウンドの彼に、ずっと自分を重ねていた。
私より大きく背が伸び、速い球を投げ、打者を打ち取る彼に。

「今日の対戦相手だった高校の投手は、去年も決勝で負けた同じ投手だ。
奴の高校は去年、甲子園でベスト4に残って、奴は全ての試合で投げ、失点したのはたったの2点だ」

彼はいつしかマウンドから降り、私の隣にいた。
私の話しに耳を傾け、私を気遣い、私を応援すると言ってくれた。

「今日の試合は7対0だ。こっちが打ったヒットは2本だけ。
あいつの投げる球は他の投手とは違う。本気で打席に立つと分る。
あいつは今年も必ず甲子園へ行くよ。そして多分プロになる」

私が何かを言うために、彼に来てもらったのに。
ずっと喋ってるのは彼だ。でも、何を言えばいい?

「小田、オレはおまえの映画を観たときもそう思った。奴と同じだ。
オレの投げる球とは別のものだ。
・・・オレは演技のことなんかよく分らない。だけど感じるものは同じだ」

「え?」

「おまえは特別なんだ。オレたちとは違う」

「・・・」

「そろそろ自覚しておいた方がいい。もっと上を目指すためにも」

「・・・。
・・・須藤君も」

「え?」

「同じなの?・・・須藤君も」

「なにが?」

「須藤君も、私に、イライラしてたの?」

「イライラ?どうして?」

「以前、・・・ある人にそう言われたの」

「そんな。・・・イライラなんてしてないよ。
・・・大切に思ってる。いつも」

「大切?どんなふうに?」

「・・・どんなって」

「手も触れられないぐらい?私に」

「・・・小田、どうしたんだよ、急に」

「・・・」

「今日はちょっと変だよ。何かあったのか?」

「・・・キスして」

「え?」

「私、キスしてほしい」





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